| 「姜維殿、これを」 そう言って趙雲殿が差し出した掌の上には、小さな金属片が乗っていた。 銀色の獅子だ。 「馬超殿の」と、手首を指して「籠手の金具です」 と言ってやつれた顔を少し歪める。これで笑ったつもりだろうか。 近習の者が言うには、食事と睡眠はとっているそうだが、とにかく覇気がない。 「貴方を可愛がっていたから」 あれで。 過日の鍛錬が脳裏を過ぎる。 私は趙雲殿に指南いただきたかったのだが、「一緒に馬術も教わるといい」と馬超殿の許へ連れていかれたのだった。 「あればかりは馬超殿には適わないから」との言は、親切心から出ているものと分かってはいたが、これは俗に言うありがた迷惑の類だった。 その馬超殿を前に、剣はそこそこだったものの、槍術となると結局相手にならなかったし、馬術に及んでは足元にも及ばなかった。 鍛錬とは名ばかりのしごきの日々。 日暮れまでという刻限は、私の足腰が立たなくなるまでのことだった。 この時ばかりは、魏にいた方が良かっただろうかと思ったものだったが、今にして思えば、あの目の輝きはある意味「可愛がって」いただいていたのだろう。 「いいのですか」 受け取る前に、一応確認する。 おそらく別のものを持っているのだろうけど。 「ええ」 だが、期待した答えは返ってこなくて、将軍は一言短く答えただけ。 「大事にします」 私はそっとつまみ上げると、鈍く光る金属片を握り締めた。 よりによって、あの人のものを貴方からもらうなんて。 * * * 夜になって、箱にしまっておいた獅子の留め金を掌に乗せた。 茶色の染みに気が付いて、袖で拭う。 留め金にこのような細工をするなど、本当に良家の人なんだな、と妙なことに感心する。 『槍は趙雲殿に教わった方が良かったんだろうけどな』 ある日、馬超殿が言っていた言葉が蘇る。 今日はこれで上がろう、と言われてその場で座り込んでしまった私を横目に、槍の演舞を少しだけ見せてくれたことがあった。 お前の息が整うまで今日は特別に、と言っていた。 槍の演舞をひとに見せるほどの自信が持てないから、普段は見せることがない、とも。 あれだけの武勇を誇る人なのに。 『技は多少何とかなっても』 槍先が、夕暮れの斜光を受けて宙に半円を描く。 『あの武威には適わない』 棍がしなり、空気が震えた。 蹴られた地面の、砂埃が斜陽に染まる。 『いくつもの戦場に出ても、どれだけ足掻いても絶対に埋まらない』 身体が反転すると同時に、地に水平の紅い光が走った。 と思うと、ぴたり、と槍先が宙で止まる。 『初めてあの人を見た時、そう思った』 そう言って、口の端を上げて私を真直ぐ見た。 『少しでもあの武威に近付きたい。……手に入れたい、とな』 自分からも言っておくから、趙雲殿からも槍術は指南してもらえ、とあの時言われたが、私にとっては順番があべこべだ。 おまけに馬超殿は知ってか知らずか、それは真っ向からの宣戦布告。 「そして貴方は近付いた」 目の前に掲げた銀の獅子が、蝋燭の光を反射する。 「思うように、手に入れたのですか。満足できたのでしょうか」 問いかけても答えはない。 「自分で見つけるしか、ないですよね」 無意識に口に含んでいた銀の獅子は、血の味がしたような気がした。 |
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